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この家はこの娘のためになんとなく幸福そうに見える。一群の鶏も、数匹の白兎も、ダリヤの根方で舌を出している赤犬に至るまで。
宿の浴衣ゆかたを着たままで行く人もあるが、行儀の好い人は衣服をあらためて行く。単に言葉の挨拶ばかりでなく、なにかの土産みやげを持参するのもある。前にもいう通り、滞在期間が長いから、大抵の客は甘納豆とか金米糖とかいうたぐいの干菓子をたずさえて来るので、それを半紙に乗せて盆の上に置き、御退屈でございましょうからといって、土産のしるしに差出すのである。
「あゝ、さうだつた。なあんだ!」
「そんなこと位は造作もない。おれにとつては小指の先の芸当だ」
半ば感心し、半ば疑はしさうに、彼は指を自分の眼に向けてみた。
と、房一は練吉の顔を見て思ひ出したらしく、
「うん、うん。あ、さうだ、顔を一寸洗はなくちや」
「あの人はつまりこんな風な人なんだわ。こんな風に――」
「わたしはね、こいつは割れさうだなと思つたもんでね」と、笏で自分のはいている木沓を指して、
練吉は小学校時分のことを思ひ出したのかふいにをかしさうに笑ひ声を立てた。
「いや、どうも。――この男は私のごく懇意な者ですが、酒癖がわるいので、まあ今夜のところは大目に見てやつて下さい」
と、やがて相手は訊き返した。声音は落ちついて低かつたが、その裏には場合によつてはまるで反対の強さに瞬時に変りかねないことを感じさせる力がこもつていた。