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「あゝ、まだ持つてる!」
が、それは徳次であつた。
「誰でも主人が出なくてはいけないきめでせう。すると、千光寺さんはどういふことになりますかね。坊主が神主の恰好をするのもをかしなもんぢやありませんかね!」
温泉宿へ一旦いったん踏み込んだ以上、客もすぐには帰らない。宿屋の方でも直すぐには帰らないものと認めているから、双方ともに落着いた心持で、そこにおのずから暢のびやかな気分が作られていた。
今度は正文の方で答へなかつた。そして急に苦がい顔になつて、ぢろりと薬戸棚を見まはしただけで母屋おもやの方へ帰つて行つた。
と、横合から老父の道平が房一に寄り添つて来た。
「よし!」
あまり立てつゞけに挨拶したので、疲くたびれ、いくらか器械的にだが形だけは実直に頭を下げた直造は、稍かすんだ眼で今迎へたばかりの客を見た。
「さうですか。それは――」
「何を云うとる。すまじきものは宮仕へ、といふぢやないか」
「相沢さんも見えないな」
「おや、いつのまにそこに来てなさつたかね。お茶ですか、上げますとも」